自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その28 同窓会報第83号(2018年1月1日発行)


専門分野の診療を続けていくために必要となった臨床研究」

            自治医科大学小児泌尿器科学 中井秀郎
kawai

 私がこのコラムを執筆して、はたして読者の皆さんの為になるのか、さんざん悩みましたが、異端も参考になるかもしれないと思い直し、お引き受けしました。医学部に入って医師になる夢を追いかけ始めた頃から、私にとっての医師は外科医でした。単純に、子どもの頃から図画工作、技術家庭など、手先の作業が大好きだったから向いているだろうという安直な自己分析です。あながちその判断は間違っていなかったように思います。強い決意ではないものの、そのような環境に身を置くように自然に進路を選んできました。1982年に駆け出しの外科医として配属された血管外科の師匠(石飛幸三先生)や1987年に泌尿器科医として配属された小児泌尿器と小児腎移植の師匠(川村猛先生、長谷川昭先生、小川修先生、星長清隆先生)のもとで、機能再建外科の修練を積ませてもらい、三度の飯より手術をしている時間が楽しいと本心から感じる生活を長く続けることができました。好きであるが故に努力し続けられること、これは理屈ではありません。一方で、研究の方は希少な臨床例を他施設とは一桁違う多数症例で報告してお茶を濁している(?)風で、決していい加減なものではありませんでしたが、研究姿勢としては粗野で不備だったと思います。実臨床に欠かせない欧米の先達の論文に全面的に依存している一方で、自らの発案、解釈などを体系的に発信することはほとんどありません(それまでの筆頭英語論文2編のみ)でした。
 事情があって、2002年、40代半ばになって、前任地の大学病院に転職し、初めて大学のアカデミズムに真剣に触れることになりました。(母校の大学には卒後2年間しか勤務する機会がなく、何も解らないうちに終わりました。)それまで、忙しくも豊富に積ませて頂いた経験の中に、無意識にも埋没させてきた疑問に向き合う時間が出来たのです。clinical questionです。神経因性膀胱研究をリードする師匠(安田耕作先生)に出会い、新環境に戸惑いつつ、あらたな刺激を受ける毎日が始まりました。「大学病院では医業は最低限の義務だから手を抜くな、同時に、大学人は好きなことをする権利があるから、何をやっても良いし、やらないなら大学にいる意味はない」と言われました。安田先生の駆使する臨床的発想や手法は成人を対象とするものでしたが、それらを子どもに当てはめてみる研究が始まり、これまでの自分の経験を裏付けるような論理的な結果を得て、楽しみが膨らみ、臨床経験の意味が深まって行きました。大学からのサポートで、海外の学会に恒常的に参加することができるようになった事も幸運でした。国内では数少ない同業者も、海外に目を向ければたくさんいて、ライバルでもあり仲間でもありました。欧米との微妙な力関係(発信力の差)から、苦渋の思いを重ねてきたアジアの同業者からは、励ましやアドバイスも得て、臨床研究は個人の能力を超えた同志感覚からも後押しされることを知りました。同業であるからこそ知り得る互いの苦楽を通じて、彼らとの友情が今、宝となっている気がします。
 縁あって2007年に当学に小児泌尿器科教授として赴任させていただき、若い頃から抱いてきた疑問をさらに解明するための人材と環境を得ることが出来ました。後進の仲間の成長と活躍には目を見張るものがあり、これまでの疑問が少しづつ、しかし確実に解明されていることは、本当にありがたいことと思います。小さな診療科として研究実績のボリュームはまだまだですが、最近は、年間2~3本の英語原著論文を出せるように成長してきました。小児の尿失禁や尿路感染の原因と治療法を巡る我々の一連の研究については、“Tochigi Team” として紹介されるようにもなり、これからも論文数やIFという数値の記録より記憶に残る論文を心がけたいと存じます。自治医大ではそのような「臨床医学者」のための環境が実に潤沢に整っており、石川鎮清先生、三重野牧子先生には、多くのご指導を頂いています。自分の分野外のレクチャーなども含めて、若い人が積極的にこの環境を活用すれば、スケールの大きな臨床医学者になれると思います。私はここに来るのが少し遅すぎたのかもしれません。また臨床医学者には、弱きを守り、患者を大切に想う熱きハートが何よりも大切で、それらは数多くの臨床に真摯に向き合うことで育まれます。テクニックと研究実績は、そのような情熱なくしては生まれてこないでしょう。目の前で今助けを求める患者に期待される医師をしっかりと演じきり、同時に、将来の患者が今よりも楽に治療を受けられる医学研究マインドを持ち続けること、この二つを達成し、最後に、良き家庭人として自らが幸せであることができたなら、私の演じる医師像は満点です。私自身、バランスの悪いスロースターターだったので未だ奮闘中ですが、後進の仲間には、若いときから臆することなく、己の喜ぶやり方で臨床医学者の求道をして欲しいと思います。
 最後になりますが、自治医大の理念と共通する私たちのスローガンは、「専門医療の谷間に灯をともす」です。専門家が少ないために、患者にとって落とし穴のような領域の診療を正しく普及させて、研究・教育に、これからもしっかり取り組んで参りたいと存じます。

(次号は、自治医科大学脳神経外科 五味玲先生の予定です)

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